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社長東原の想い

社長東原の想い

代表取締役社長 東原 俊郎
代表取締役社長 東原 俊郎

「パチンコ屋人生」の序曲

私の「パチンコ屋人生」を語るには学生時代まで遡らなければなりません。当時、私はトランペットに夢中で、卒業したらトランペットで身を立てようと本気で決心したほどでした。
しかし、22歳の時に父が急逝し、父が経営していた土建業を継ぐことになったのです。建設に関して素人だったため、懸命に学びながら働きましたが、2年後に会社は倒産。その後は昼間はダンプの運転、夜はススキノでトランペットを吹き、夜中にはまたダンプで土砂運びなど、必死で働きました。そんな生活は30代後半まで続き、これで人生を終えていいのか、と思ったほどです。
そんな時でした。パチンコ店の経営建て直しをしてくれないかという話が私のもとに舞い込んできたのです。当時の世間一般のパチンコに対する偏見と同じく、私自身も偏見を持っていたのが正直なところです。まだ幼い我が子に、親がパチンコ屋で働いているなんて言えやしない。しかし、この子を立派に育て上げたい...父親として苦しい選択を迫られました。

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うちのお父さんはパチンコ屋さん

私のもとで働く社員の子どもたちが、そう言えるような職場にしたい。そして、そのことを社員の志気につなげたいと、常々考えていました。
ある正月のこと社員みんなで甘酒を作って、お客様へ振る舞ったことがあります。実はこの時、甘酒を作り過ぎてしまい、近くの養護施設に差し入れしました。施設の子どもたちのかわいらしい笑顔が印象的でしたが、それ以上に社員たちの誇らしげで充実した表情が今も忘れられません。
「人に喜びを与えれば、自分の喜びになる」
この経験が私たちのボランティア活動の原点となりました。
最初はささやかな活動でしたが、メンバーの増加とともに活動の幅・規模も豊かになり、ボランティア部会が発足。さらに、このボランティア部会は、平成12年にNPO法人「太陽グループボランティアチーム」として認証を受けました。できる範囲で一緒に楽しみながら、各種活動をサポートしています。
社員に対して「給料を払っているのだから働いて!」という姿勢ではなく、誇りを持って働くことのできる環境を提供し、「生きがい」や「夢」を共有してこそ、社員との真の信頼関係を築けると考えています。

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パチンコ業界の地位向上のために

ピノキオルーム

平成8年にオープンした篠路店に保育士資格者が担当する託児室「ピノキオルーム」を設けました。社員の提案から始めたもので、育児の合間にもパチンコを楽しみたいお母様方に好評をいただいております。
このピノキオルームを支えている保育士たちにも「夢」がありました。それが「託児室で幼児教育をしたい」ということ。しかし、ピノキオルームは一時的にお子様をお預かりする施設であり、インフラ的にも不十分。それでも大切な夢を叶えてあげたいと考え、保育園運営のための社会福祉法人「太陽育生会」を設立しました。そして、平成13年に「星置ピノキオ保育園」を、平成15年には「北郷ピノキオ保育園」を開園しました。
なぜ、ここまでするのか?とよく聞かれますが、答えは簡単です。パチンコ業が世に認めてもらうには社会に貢献し、良質なサービスを提供することが必要です。そのためには、まず社員の夢を叶えることも重要なのです。
そして、延長線上にはお客様に安心してパチンコを楽しんでいただきたいという願いも含まれています。昨今パチンコ店において不正遊技を企む者がいます。お客様と社員の安全を確保できないばかりか、パチンコそのものの社会的地位をも貶めることにもなります。良い対策が無いものかと思案していた折、自衛官の一部を民間企業が雇用し、有事の際に自衛隊として招集する即応予備自衛官の存在を知りました。彼らは身体的に優れているだけでなく、救急処置や防災に対する技術・知識を持ち合わせており、お店を守るのにふさわしい。そこで太陽グループの各店を守る警備隊員として彼らを採用したのです。そして平成14年には北海道公安委員会の認定を受け、株式会社太陽ミリタリーセキュリティとして独立し、多くの隊員が活躍しています。先般の東日本大震災の際には、隊員12名が災害召集命令のもと被災地へ派遣され、支援活動を行いました。

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相思相愛で夢、街、人へ

私が考える理想のパートナーシップは「相思相愛」。若い社員であっても、幹部であっても、そんな関係が大切だと考えています。無理強いして良好な関係は生まれず、相手のためにもなりません。地域と私たち太陽グループとの関係にも「相思相愛」は当てはまると思っています。ただ企業として利益を追求するのではなく、地域へ貢献してこそ本当の関係づくりができると信じています。
最後に私個人の夢を語らせてください。私は、いつか老人、児童養護施設の子どもたち...社会の中で自分の喜びを見出せない人の「生きがい村」を作りたいと思っています。敷地内の畑にはトマトやじゃがいも、とうきびを植え、老人たちと子どもたちが作物を育てながら一緒に暮らす。私もその中で一緒に喜びを分かち合いたい。 私にどこまでできるかわかりませんが、ひとりひとりが束の間の喜びを追い求めるよりも、広く多くの人と相思相愛でいたいという気持ちだけは、ずっと変わらないと思います。いえ、変わりません。